以下に、香川県大内町の水主(みずし)神社に伝わる大水主大明神和讃(おおみずし・だいみょうじん・わさん)を「大内町史・資料集」から転載しました。大水主大明神とは倭迹迹日百襲姫のことです。百襲姫が7歳にして奈良を「追われ」、8歳で大内町東岸にウツボ舟で流れ着き、そこて暮らしたこと、また、水の神、日の神(アマテラス)として救世主(阿弥陀仏)にもたとえられたことが知られます。

 大内町資料集編集委員会による解説に続いて、184行ある「大水主大明神和讃」を載せます。このWebページでは、本文184行に行番号を付すとともに、後の解説のために便宜的に(1)〜(5)に5分割してあります。(名護)


大水主大明神和讃 

    大内町史 資料集、大内町資料集編集委員会編、1986 より
大内町資料集編集委員会による解説

 水主神社所蔵の「大水主大明神和讃」一巻は、応永十七年(一四一〇)、増吽(ぞううん)僧正が作ったと伝えられ、明応五年四月五日、僧宥旭(ゆうきょく)が書写し、後、さらに高松無量寿院にあった一巻を同寺住職の増進(ぞうしん)が延宝五年(一六七七)に書写して水主神社へ納めたものである。
 和讃は仏の徳を称賛する歌であるが、神仏習合によって神社においても 行なわれるようになった。梵語(ぼんご)のままのものを梵讃(ぼんさん)、漢語のものを漢讃(かんさん)といい、和讃は国語で書かれ、文体は七五調であり、経文の意義を和らげて讃嘆するとか、また、応和讃嘆のことで、多くの人々が和して賛嘆するものであるともいわれる。弥陀和讃、大師和讃、地蔵和讃などが現在も行なわれている。
(注)和讃原文の漢字・仮名遣いは、なるべく読みやすい現代式の読み下し文に改め、振り仮名をつけた。太字の部分は別注として解説を付記した。

(以上の解説は大内町資料集編集委員会による。ただし上カッコ内のふりがなは、名護による)

大水主大明神和讃
  本文(1〜184行)             難語解説(大内町資料集編集委員会による)

(1)                  
1 帰命頂礼きみょうちょうらい大明神      帰命頂礼:仏の心身をささげて帰順し、仏の教命に従い、頭を仏の足につけて礼拝すること。仏を礼拝する時に唱える。
2 三所の和光影清く 三所 本宮・新宮・那智の三所に分かれている熊野権現。
3 三聖一の山に栖 三聖 弥陀三聖は阿弥陀仏・観世音菩薩・勢至善蔭をいうが、ここは熊野三所権現をいう。
4 三身則ち一つなり 三身 三種の仏身、法身・報身・応身などをいう。ここでは熊野三所権現が一体である意。
5 もとこれ大悲の方便 大悲の方更 大悲は衆生の苦しみを救う仏の大きい慈悲の心で、方便は衆生を教え導く巧みな手段。
6 難化なんげの衆生をせむとて 難化 教化しにくいこと。度す 仏を信仰する菩提心を起こさせ。
7 有縁の処に跡を垂れ

 

8 応化おうげを施し給うなり 応化 応現変化のことで、仏が迷えるものを救うために姿を変えて出現すること。
9 信まことを致す輩ともがら
10 求願ぐがん必ず成就じょうじゅ
11 歩みて運ぶ人は皆
12 現当悉地げんとうしっちを円満す 現当悉地  現在と将来を現当という。悉地は願望が成就すること。
13 愍あわれを懸るその日より  
14 八百四神相添いて
15 昼夜恒時に身を守り  
16 擁護おうごを加え給うなり 擁護  衆生の願いに応じて神仏がこれを守護すること。応護と同じ
17 誓いて垢離こりを掻人は 垢離を掻く 水によって潔斎し、けがれをとり清浄にすること。垢離を取る、垢離に掻くともいう。
18 煩悩罪障ぼんのうざいじょうそそ がれぬ
19 昼夜に愍あわれを懸かけつれば  
20 仏性真如しんにょも顕れぬ 仏性真如  一切衆生が本来持っている仏となることができる性質を仏性といい、真如は本体、真相、本来の姿。
 
(2)
21 思えば不思議や明神は
22 極楽浄土の能化のうげの主 能化 すべての衆生を教化するもの、すなわち仏・菩薩。
23 安楽世界の教主にて
24 万徳円満したまえと
25 往昔おうじゃく大悲の御誓い
26 深くおわする故により
27 葦原国あしはらくにの浅ましき
28 吾等を導き給わむと
29 恭かたじけなくも人王の
30 主の君の第七代
31 其名そのなを申せば孝霊の
32 第二の姫君たりしかど
33 実に皇居の栖すまいには
34 ちりに交るわざなくて 塵に交わる 塵に同ずるともいい、俗世間、煩悩の塵にまじることをいう。
35 大和の黒田の廬戸いほとより 大和黒田の廬戸 大和城下郡(磯城郡)の郷名で、百襲姫命の父君、孝霊天皇の宮地、廬戸はその宮名である。
36 出させ給ひし御年は  
37 七才なりしに稚いとけなく
38 独り御舟に奉り
39 虚うつろの空ゆく浪の上
40 悶こがれれ給うぞ痛ましき
41 御時八才なりしとき
42 浦に寄りしや船越の
43 下りて休らう安堵あどの浦 安堵 引田町安戸
44 御腰を掛けて居座いざの宮
45 寄て来りしその里の
46 水さえ惜む物憂ものうさに
47 璽しるしの石の水を堰
48 与田にぞ水を掛け給ふ  
49 穴戸の坂の水の門 穴戸の坂  南は与田山村近房免から北は水主村中村免へ通じる坂。
50 水徳自在の尊にて  
51 大山戸の水石は  大山戸 百襲姫が居座・寄来を通り過ぎ、里人に水を求めたが断わられたので、上流の与田山の岩 石を杖でうがち、その大石で川をせき止めると、水は北の山の地底を通って与田寺の西方水主村中村免の穴戸坂の下を経て、下屋敷の大山戸(宍戸・戸尻)へ出たという。下屋敷地区には穴戸出水・近政出水の二つの泉が現在も残っている。
52 神通じんつう現ぜし創はじめなり  
53 かくても留とまる所なく  
54 山を凌しのぎ浦に出で  
55 海を見つけし津見の宮 津見の宮 『玉藻集』に「津見浦は大水主神鎮り給ふ所」とある。
56 袂たもとを落し袖無そでなし  
57 頃は五月の炎天に
58 池に裾もすそを冷ししに
59 測らず御足を食う魚の
60 咎とがめ給える故により
61 堤は切れて流岡ながれおか 流岡  西村西道上にあり、弁財天が祭られている。
62 永く絶えにし鯰なまずかな
63 郡こうりに盟ちかい立石 立石 明神鎮座選定の地の立石のうちで、現在 残っているものは、水主神社境内・水主中村・大野山貞久・与田山近房・星越・伊座・白鳥中戸・本宮・筑波山・土居・三段の十一か所ほどであるが、これらは水主神社の社領、勢力範囲 を示す標識であろう。
64 至らぬ処ところぞましまさぬ  
65 たとえば伊勢の神垣は  
66 日本姫やまとひめに託のりまして 日本姫  倭姫と同じ。重仁天皇の皇女で伊勢に鎮座。
67 五十鈴の川の滝祭  
68 尋ね廻りし始なり
69 穴穂あなほの処と宣のたまえば 穴穂 中筋新行に穴穂明神社あり。「あなほ」は 「ああ、その」の意。
70 そのまま宮居をト給しめたま  
71 真まことの宮代みやしろ定まりて
72 水主みずしに鎮座ましましき
73 皇女ひめみこ住みます故により
74 宣旨によりて郡こおりをば
75 偏ひとえに神に奉り
76 おほちを大内の郡とす
(3)
77 大御前おおみまえは弥陀如来みだにょらい
78 四十八願あやまらず 四十八願  阿弥陀がまだ法蔵比丘であったときに衆生を救うために発した四十八の誓願
79 四重五逆を嫌いと)わずば 四重五逆  四重は殺生・倫盗・邪淫・妄語の重罪をいう。五逆は父を殺す、母を殺す、阿羅漢を殺す、仏身より血を出す、和合僧を破ることをいう。
80 三信十念往生す 三信十念  三信は至心・信楽・欲生我国、十念は念仏を十回唱えること。
81 後の御前みまえは父大王  
82 孝霊天皇崇あがめます
83 不動尊の降伏に  
84 悪魔怨霊おんりょう退きぬ
85 十二神将召使い 十二神将  十二薬(夜)叉大将ともいい、薬師如来の十二の大願に応じて、各七千の眷族を率い、昼夜十二時の薬師如来の護法神であるので 合計八万四千となり、衆生の八万四千の煩悩を 除くとされている。宮毘羅(金毘羅)を子(北)の神とし、以下を十二支に配する。
86 各七千夜になれば  
87 八万四千眷族けんぞく  
88 千を一人に摂おさめ取り  
89 八百四神の眷族は
90 高柵さく三方に列つらね置き
91 十二時中に召使い
92 善悪賞罰新あらたなり
93 定り後に崇めても
94 猶も御親の孝徳を
95  高き山にも准なぞらえて
96 崇め給ふその為に
97 水精輪すいしょうりんの峰の上 水精輪  水主筑波山に水晶を産した(『三代物語』)。
98 神籬ひもろび高く構えては 神籬  棚をめぐらせ神の御室として祭る所
99 千盤ちはやふりすむ御社に 千盤  神にかかる枕詞、千磐に同じ
100 王大神と崇めます
101 八百四神の杖鑰つえかぎ
102 緋神子ひみこ人の神子三郎殿 神子三郎  「大般若経国底書」、棟札、などによると
103 内客人に至るまで  惣官水主三郎左衛門尉光政とあり、源姓を称しているが
104 霊験並びにましまさず  出自不明であり、以後光政−盛政−家治−高明−為政と  
105 森羅万象神なれば  続く。神人じにんの総頭として、水主神社領の支配者で
106 嶺に峙そばだつ岩基をも  あったが寛文九年(一六六九)高松藩によって神社行政
107 松栢竹に至るまで  が大庄屋に任せられ、水主氏は水主神社を去ったとされ
108 皆神変を現じてき  ている。
109 北の御前は地蔵尊   
110 万行憧旗どうきの大菩薩 幢旗  幢幡のことで、堂内の荘厳具の一つである。
111 御母なれば胎蔵の
112 方位を変えず移し置き
113 仏前仏後の能化のうげの主
114 聖近士女の悲願にて 聖近士女  聖者に近づく士女。
115 五濁悪世ごじょくあくせの今迄も 五濁悪世  却濁・衆生濁・煩悩濁・見濁・命濁の五つの悪い現象が現われる悪い世、末世。
116 地蔵の悲願にしくはなし  
117 北宮不測の構にて
118 大王閑座並べ座し
119 大明神の父母を
120 左に崇敬し給えり
121 南の御前は早玉はやたま 早玉  熊野速玉大神。
122 浄瑠璃じょうるり浄土の能化の主 浄瑠璃浄土 薬師如来の浄土。
123 十ニの誓願妙にして 十二の誓願 薬師如来の十二願。
124 応迹此土おうじゃくしどに勝れたり 応迹此土 応化垂迹のことで、仏が迷える衆生を救うために、仮に神としてこの世(此土)に 姿を現わすこと。
 
(4)
125 当社の三所を御熊野みくまの
126 同体なりとは伊弉冉いざなみ
127 五行あれますその中に 五行 木・火・土・金・水の五元気が天地の間を循環すること、木−火−土−金−水−木と巡ること。
128 火の神猛たけく不祥さがなくて  
129 焔に当たりて魂たま去りぬ
130 仮に火の神嫌いとわしく
131 水を床しくおぼしても
132 末世の衆生の例ためしなり
133 有漏うろの浮世を物とせず 有漏 漏は煩悩、迷いのこと 
134 紀伊国きのくに無漏むろの郡なる
135 有馬の村や音無おとなし
136 備えの里に葬おさめます
137 和光は神武の頃とかや
138 同塵どうじん崇神すじんの御宇にして
139 日本第一大霊験
140 むすびの御前を始とす 結の御前  産霊神むすびのかみ、天地万物を産し成す神霊
141 神力無窮むきゅうの盟ちかいにて
142 水徳立てんとおぼしめし
143 孝霊宮の姫の宮
144 名を水主と顕して
145 応和の祈雨にも掲げたり 応和  村上天皇の時の年号(九六一〜九六三)
146 雨雲はやく立ちなびき
147 神に斉祈たむけを重ねんと
148 大水主と崇めらる
149 三つの御山の中にして
150 三所の霊号比ならびなや
151 那智新宮を左右にたて
152 本宮証誠しょうじょうを玄武とし 本宮証誠  熊野本宮証誠殿
153 左青滝の河清く
154 那智の滝より落ち来らむ
155 新宮虎丸右にあり
156 四神の霊地相応ず 四神  青竜(東)白虎(西)朱雀(南)玄武 (北)
157 結べば水主と一体と
158 一つ紀哩きりくの因果にて 紀哩  紀利倶キーリク、阿弥陀如来をいう。熊野三所権現の本宮證誠殿の祭神はイザナギ・イザナミの二尊であり、本地垂迹説によると、その本地は阿弥陀如来であり、速王宮の祭神は本宮の御子速玉之男神で、薬師如来の垂迹であり、結宮むすびのみやは事解之男神で千手観音の垂迹と伝えられている。
159 熊野は千手せんじゅの因の徳
160 枯たる木にも花さきぬ  
161 ここには弥陀の西の方  
162 縛魯菜バロナの水徳かたどりて  縛魯菜  水天 (すいてん)、十二天の一、水の神で西方を守護する。バルナまたは、バロナ竜神ともいう。
163 果徳を高く顕して  
164 神力霊験双ならびなし
 
(5)
165 そもそも当社は当国の
166 一品一宮いっぽんいちみやなるべきを 一品  親王の位階の第一位。
167 御妹に禅ゆずりまし
168 心安くも大水主
169 父大王も人王の
170 第七代の嘉例かれいにて
171 国中諸神の第七に
172 備そなわり給うぞ有難き
173 こい願わくは明神の
174 玉の光の日に添えて
175 自ら威光輝きて
176 福智荘厳しょうごんし給えや
177 南無三所大明神
178 讃歎礼拝功により
179 本誓悲願あやまらず 本誓悲願  本誓は本願、悲願は阿弥陀の四十八願など
180 ニ世の願いを満て給へ  仏の大慈悲心より発する誓願をいう。
181 願共がんぐ諸衆生
182 値遇ちぐう大明神 値遇  出合うこと、また、親しくすること。
183 願共がんぐ諸衆生 廻向  自分の修めた善徳を他に廻めぐらして、自他ともに救われようとすること。
184 廻向えこう大菩提だいぼさつ